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あいこ

Author:あいこ
はじめまして。
人の3倍濃い人生を
人の倍の時間をかけて
のんびりゆっくりと自分の糧に。

保育士・大手アパレル販売・大手ホテル勤務・大手キャリア促進営業部・看護士・・・各社員2~3年を経て
とうとう大学へ舞い戻ってまいりました。

やはり、好きなことからは逃げられそうになさそうです。

一人暮らし・社会人経験は10年以上。
キャリア組を捨て、玉の輿の結婚を白紙にし、
30歳直前にして単身京都で学生生活。

10歳差の集合地帯。
さてはて。自分のために、頑張りますヨ~。

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地獄絵図

2007.09.08 14:15|六感

9月8日(金)

今日、手術をしました。



とても寒気のする病院で、今までとは違い、診察を受け、すぐ点滴、手術となりました。



酸素マスクをされ、「痛くないですか?」と聞き、すぐに、とても重たいものがのしかかり、別の世界にいました。





 そこは、とても暗く、地下のような場所で、頭上はとても高く暗く、見えません。



金色の色でしたが、それは、光り輝く金の色ではなく、何重ものいろいろな色が、重なり、塗り固められたとても油っこい、どろどろした金の色でした。





今思うと、地獄は色々な場所があって、



そこは、金におぼれた人たちのいる地獄だったのかもしれません。



黙々と金色の山を掘り続けていました。



きっと、現世で必死に働かず、楽してお金におぼれたから、ここで必死に彫っているのかな。



側には山積みの金色の山ですが、このままずっと彫り続けないとならないみたいでした。





ここの人たちは、話ができません。感情の自由もないみたいです。



ただ、ずっと・・・黙々と掘っていました。



溝に流れている川は、三途の川かもしれません。





でも、一般的にいう、お花畑とかではなく、地獄の溝は、どろどろとした、金属工場の排泄物のような、タールのようなものでした。





私は、赤ちゃんでした。



女の人に抱かれていました。エジプトの人のような人でした。



その人は、微笑んでいましたが、どこか暗く、重く、とても怖かったです。



でも、その人は、私をおろしませんでした。でも、離してもくれませんでした。



何もいわないけれど、心に語りかけてきました。心に、入ってきました。



「いやだ!かえる!」とずっと思っていました。「こんなところはいやだ」と。



でも、なかなかはなしてくれません。その重たい思いに、一瞬「もう・・・このまま楽になってもいいかな」と思いました。

でも「いやだ。生きたい。もう一度、お母さんに会いたい!」とおもいました。



今はまだここにいたくない。今行くと、悲しむ人がいる!と。



そのあとは、ずっとお母さんお母さん・・・と叫び続けました。



徐々に、看護婦さんの声が聞こえてきました。





「やばいよ!先生呼んできたほうがいいよ!白め向いて泡吹きよる!」

「●●さん!!!」と、叩く声。



「ここ。ここ」と思いながら、まだ油断をすると、さっきの場所に戻りそうで、



ずっと「お母さん!」と呼んでいました。



「付き添いはおらんのん!?」という看護婦さん。



「おかあさんがまちあいにいる」といってみるが、声にならない。



なんどもいって、ようやく、形の声になる。





お母さんがきた。





わたしは、生きていた。



思えば、事故したときも、最初に呼んだのは「お母さん」だった。



母は偉大だ。





地下のクレオパトラは、私にずっと語りかけていた。





笑顔のまま、強い思いで。





「ここにきてはいけない。こんなところにきてはいけない。」





今の私のままだと、きっと、ここにくるのだろう。





でも、私はまだ生きている。



生きている限り、明日がある限り、何度でもがんばれる。





死ぬのは簡単だった。





人の命も自分の命も、私は粗末にしてきた。





死ぬのは楽だと思ってた。



事故したときも、



おじいちゃんが死んで、



あの場所に立ちたくなくて、



お父さんとお母さんが死ぬ前に、



自分が死んだほうが楽だって、、、。





でも、違った。



それは、楽にならない。



死んだら、明日はない。やりなおせない。



生きてる限り、やり直しはきく。

特に私は、助けてくれる周りがいる。

あんなのに比べたら、この世の苦しみなんて、ぜんぜんましだ。



明日があるのだもの。



笑顔もある。



涙もある。でも、あそこでは、表情さえうばわれてしまう。

きっと、父母が徳の高い人なのだろう。



きっと二人が天国に行っても、私がそんなところにいくと、悲しむから、悲しませてはいけないと。



まだ、私には少し、執行猶予期間がある。



今まで、子供を2人来させて、事故にも合わせて、たかがの金額でも大ごとにも行わせて、



教えてきたのに、私には効果がなかった。



遠まわしにしてもだめだ。



と・・・最後の手段で連れて行ったのだろう。



消えていった命も、きっとおなかから出されるとき、苦しかったのだろう・・・。



考えてもみなかった。



「いやだ」とはじめて思った。



「生きたい」と、あんなに思ったのははじめてだった。



私には、まだ、時間がある。もう二度と、あの世界は、見たくない。






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