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あいこ

Author:あいこ
はじめまして。
人の3倍濃い人生を
人の倍の時間をかけて
のんびりゆっくりと自分の糧に。

保育士・大手アパレル販売・大手ホテル勤務・大手キャリア促進営業部・看護士・・・各社員2~3年を経て
とうとう大学へ舞い戻ってまいりました。

やはり、好きなことからは逃げられそうになさそうです。

一人暮らし・社会人経験は10年以上。
キャリア組を捨て、玉の輿の結婚を白紙にし、
30歳直前にして単身京都で学生生活。

10歳差の集合地帯。
さてはて。自分のために、頑張りますヨ~。

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脳死による臓器移植について

2010.08.17 23:47|日記雑記

脳死状態になった人の意思がわからない場合であっても、家族が承諾すれば臓器を提供できる。そんな改正臓器移植法が先月半ばに全面施行されてから初めて、家族の同意によって臓器提供が行われた。



 提供したのは、交通事故で脳死状態になった20代の男性で、心臓、肺、肝臓などが摘出され、それぞれ待機していた患者に移植された。





―朝日新聞 8月11日社説から引用―










私も16歳で交通事故にあったあと、

ドナーカードを家に持ち帰っていた記憶がある。



こっそり名前を書いていたら、親に怒られた。



そのときは「いつかなくなるかもしれない命だし、なくなったら、焼かれるだけだもん!

死んでからでも誰かの役に立てればいいじゃない」と反論したのをかすかに覚えている。





当時言われた親の言葉は、

まだ私も若く理解できずにいたが、それから大きくなって理解できるようになった。





仕事柄、ドナー患者をリアルにみてきた父。

そのため、自分の娘の体にメスをいれ、切り刻まれていくというのは、

人のためになろうとも「父親」として耐え難いものであるのだと、

父の気持ちを代弁して母が言っていた。





お酒が入ったとき、父は冗談で

「お父さんが死んだら、心臓はホルマリン漬けにして大学病院に提供するから、

寂しくないぞ。お父さんに会いたくなったら、大学病院にきたら、会える!」

なんて言うから、あまり気にしてないのかと思っていた。





実際、自分がこの歳になり、守りたいもの、大切なものができてくると

その当時の言葉が胸に染みる。









最近、母親に「娘が脳死になって臓器提供したら、複雑なきもちになるよね」と聞くと、

「うん。お母さんなら、腹が立つ」と正直に答えてくれた。





自分の娘はもう、この世にいないのに、

その娘の心臓はまだ誰かの中生きているというのは

言葉は悪いが、確かに少し気味が悪いし、悔しさもある。









見ず知らずの人の役にたつということは、

一見優しい響きだけれど、

ある意味どこまでシビアに割り切れるかなんだな・・・と思った。









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