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プロフィール

あいこ

Author:あいこ
はじめまして。
人の3倍濃い人生を
人の倍の時間をかけて
のんびりゆっくりと自分の糧に。

保育士・大手アパレル販売・大手ホテル勤務・大手キャリア促進営業部・看護士・・・各社員2~3年を経て
とうとう大学へ舞い戻ってまいりました。

やはり、好きなことからは逃げられそうになさそうです。

一人暮らし・社会人経験は10年以上。
キャリア組を捨て、玉の輿の結婚を白紙にし、
30歳直前にして単身京都で学生生活。

10歳差の集合地帯。
さてはて。自分のために、頑張りますヨ~。

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心の恋愛:自分に恋する事

2010.12.24 02:22|持論

恋愛は2パターンあります。



【1】

欲を満たす恋愛。



寂しいから会いたい。

体がほしい。

ご飯を一緒に食べたい





全部、自分の欲です。





なので、「私がこれだけ好きなのに、想ってくれない」とか

「これだけ頑張っているのに」なんて愚痴がでます。





所詮他人なので、無理なのに。





この場合、欲を満たされないと

不満が募ります。

お互いに欲で付き合うと

どちらかが我慢となりますね。





【2】

見返りのない恋愛。



簡単に言うと「犬」と同じ。



犬は、見返りを求めずに飼い主に愛情を注ぎますよね。





この恋愛ができる人は

相手に求めません。



寂しいと思っても、自分で本を読んだり、

CDを聞いたり、散歩にいったり、

「自分の時間を自分で補える人」です。



これができるには、

自分の中に2人の人間を作ることです。



常に、自分を自分で見ている。

アドバイスをする。自己対話をすることで

よりよい選択ができたりします。



これが「心の自立」です。

それが出来ている人は、強く見えますし、自由に見えます。

自分を愛しているということになるのかな?ある意味。



自分を認めているということですね。





さてさて、真剣に人と向き合うのには・・・



まずは自分と向き合うことです。

自分が何を求めているのか。

なにがしたいのか。



それが自分でわかっていないのに

他人に求めても無理です。



なので「あなたの考えていることがわからない」

「あなたの気持ちがわからない」なんて言われるのです。



自分を知りましょう。

それが「自分磨き」なのです。



さぁ、明日はなにが食べたい?

明日は、なにがしたい?

寂しいなって思う理由は、どこからくるのかな?



って。

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大学受験とは

2010.12.04 18:19|持論

大学受験生において



●学科・コース選びは恋愛



●大学選びは結婚である。





もちろん、恋愛して結婚に至る人もいる。



恋愛は、うまくいくかいかないかは告白して

あたってみないとわからない。



それに、すごくスキでスキだけど、

「私には無理かも」とか

「むずかしそう」とか

「人気があるし」とか

「なんだか違う?」とか妥協して



スキなのに、諦めてアンパイに進むと

必ず後悔する。



(私もいまだ4年片思い・・・)



方や結婚は妥協も必要。



「顔は悪いけど・・・」

とか、スキだけじゃなくても。



大学で言うなら

「学費」「難易度」「土地」などなど。







学科は恋愛・大学は結婚。




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バスの中で考えたこと

2010.11.06 04:27|持論

子供は天からの授かりもので、コウノトリが運ぶといわれるくらい空からやってくる。

子供は軽い。



1.まるくてつるつるの球からはじまる



2.年を重ねるごとに傷がついていく

傷ついて立ち直ってを繰り返す。



3.球についた傷ぶんだけ

徐々に重たくなってだんだん下がってきます



4.そしてある程度になったら地につきます。

これが地に足が着いたということ。



5.ここからは地上での修行のはじまりです。





1?4までの間は、まだ浮遊状態なので

周りの支えが大きく関わってきます。



その降りるスピードも、地上までの距離は人それぞれです。

重たくなって下がるほど、身動きもとりにくくなってきます。

これが大人になると、昔みたいに感情のまま自由に動けないと言われること。







そして、最後、人は死して地中に入ります。



その後、腐敗し、水蒸気になり、また天へと帰るのです。


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幸せになれない!って時に思った

2010.07.20 07:29|持論

やってもやっても努力も実らなくて、けちょんけちょんにされて、

結局亡くなった後に評価される有名な画家たちはイッパイいます。











やってもやっても実らなくて、

それでもめげずにやってたら、

いつかは即実る人よりも秀でるんです。



そこで挫折したら終わり。











世の中には、もともと持って生まれた運命ってのは必ずあって、

「上手に立ち回りできる人」

「不器用な人」っているんです。



でも、人生に器用な人は、伸びしろが少ないし、

手先も不器用。



逆に人生に不器用な人は、

一歩間違えたらバカだけど、そのバカになれたぶん、

伸びしろが大きいのです。





楽に伸びた人より、苦労して伸びたほうが、

振り返ったときにデカイもの得てるジャン。

人生は楽しいわけないし、苦痛でしかないものです。

でも、その中に喜びを見つけるのが生きる仕事であるのです。



だから、今つらいのは当たり前。













あ。あと、「誰に出会うか」が

出世や評価や大きく世に羽ばたくには重要です。



簡単に言えば、芸能人のスカウトと同じ。

そんなかわいくなくても、

「その人」に(自分の才能を気に入ってくれる第三者)に

目に留めてもらえて

道が開けます。





「その人」とであっていても、

あなたのアンテナが電源OFFだと、

感知できないんです!



だから、アンテナはたてておいてくださいね。

実は、今日かもよ?って。









災害は忘れた頃にやってくるけど、

幸せは追いかけなければやってきます。



意外とひねくれたヤツなので、(幸せって)追うと、

逃げます。



睡魔と男と幸せは、

追うと逃げるものなので、

気にしないようにしてたら、

幸せのほうから「こんにちわ」って遊びにきますよ♪













人間と幽霊



私は、幽霊もゴーズトも全く怖くないんですよね。

だって、「意思」があるから・・。恨みでもね。



それより、意思をなくした人間のほうが怖いです。

ゾンビとか、パソコンとか・・・。

今の時代の他人を自分の思い通りにいかないからって

傷つけたり暴言はく、生きてる人とかのほうがもっと怖いー。









テレビ





最近・・うんー・私の子供の頃より、

意味のない歌や、番組は増えましたね。



今のテレビをみていて

「あぁ、そうか!見てよかった」って思える

「タメになる」番組って、

報道も含め少ないと思います。





業界も不景気だし、

見てもらえなきゃいけないから仕方ないけど、

ドラマもそうだし、

くだらなさが本とにただのくだらない

陳腐な番組が多いと思います。







今の20代前半で子供を産んでる親や、

今の時代の10代以下の子達は

そういう頭をつかわなくていい番組を望んでるのでしょう。







それは、きっと普段、

パソコンやケータイで頭をつかうじゃないですか。



人の裏を読んだり、駆け引きしたり。



携帯やパソコンの文字って、

手書きと違って気持ちが伝わりにくいから

読み取るのにいっぱい神経使うから、

テレビはくだらないほうがいいんでしょうね。







私の時代は、辞書ひとつでも、

親の代から受け継がれたボロボロで、

書き込みしてあるものを一生懸命使いこみ、

また愛着もわいて「愛用」でしたが

、今じゃパソコンや電子辞書でピピって。。







言葉は豊富に覚えても、

語彙や感情は豊かになってないだろうなー。



そのくせ「論述」っぽくなってる。おませさん。

人を裏からみようとばっかり、癖づいてるヨネ。



論述=口げんかじゃん。



だからひねくれモンの世の中なんだよぉー。



子供は子供らしくあればいいのにね。



私の子供の頃、父に言われたよー。

「子供の仕事は子供を謳歌することだ」って。



大人がしっかりしてなくて、子供がしっかりするのも、あれダメだよ。

しっかりせざるを得ないだけなのだけど、

子供であることを奪われた子供ほど、哀しいものはないと思います。






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経験すること

2010.07.15 18:57|持論

「経験することはいいことだ」という若者が多いです。



私も10代後半から20代前半まではそう思っていました。

しかし、経験には「しなくていい経験」というものもあるのです。



若い頃の傷は、その後の自分次第でダイヤモンドに替えることができることもあります。

しかし、傷は傷でしか残らず、色濃くのこるアザに変わる場合もあります。



人の器の量は生まれながらにして決まっていると、私は思います。

例えば、ガラスのコップに例えてみます。

上から水が入ってきます。

自然と蒸発し、上のほうの軽いものから減らしていくことによって

水は溢れることなく入っていくことができます。



しかし、途中で流れが悪くなったり、上手に蒸発させることができないと

水は溢れてしまいます。

ここで溢れ方としては、ガラスのコップの底のほうにヒビがはいり、底の重たい水から

「こぼれて」いくのです。

このこぼれる水は選べません。

大事な重たい、深いものからこぼれていきます。

文字通り「消えて」いくので、いったいなにが消えたのかさえ

本人にさえわからないのです。



そこが怖いところです。

何を失ったかさえわからない、しかしそれはとても大事なものなのです。



それは、純粋な心だったり、自分を信じる心だったりと、

当たり前にあるようで、とても大事な重たいものなのです。



これを防ぐには、日々「忘れる」ことをしていき、スペースをあけておくのです。

人生は苦しく、つらいことでしかないですが、

そこの喜びは忘れることなのです。

自ら「まぁいいか」と処理でき忘れることができるものは

軽く、意外と無くなっても害のないものです。



しかし、勝手にこぼれていくものは、とても大切なものが多いのです。



「知りたがり」「見たがり」は、ほどほどに。

知らないほうが幸せなことは、あります。



人の人生の分岐点にはたくさんの扉があります。

その扉の中には、開けることにより、その代価を払わなくてはならない扉もあります。

それを開けると、自分自身の代価を払います。



人生はほどほどがいいのです。

こぼれたものに気づくことができず、

ただ自分の何かが失った傾きはとても、不安定です。











万が一ガラスが割れた場合は、

暖かい手でそっと溶かしてあげましょう。

ガラスは硬いです。しかし、ある角度で叩けば一発で粉々です。

しかし、ガラスのいいところは、割れてしまうと

溶かしてまた液体にし、1から作り直せるところです。







経験をしすぎると、ふと振り返ってみた時

それまでに支払った自分自身の代価の大きさに

ショックを受けます




































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